死刑は必要?不要?賛成派と反対派の主張。

死刑は必要?不要?賛成派と反対派の主張。

死刑は必要?不要?賛成派と反対派の主張。

死刑は必要?不要?賛成派と反対派の主張。

必要なのか不要なのか意見が真っ二つに別れがちな死刑問題
誰でも一度位は死刑について周りの人と話してみた経験はあるんじゃないかと思います。

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実は先日死刑について友達と話す機会がありました。

死刑は必要?不要?賛成派と反対派の主張。

個人的な考え方

僕は基本的に色々感情や背景も考えないといけないデリケートな話題はぼかして主張する事が多いんですが、こと死刑に関しては完全に賛成派なんですよね。
その一番の理由は被害者感情を考えて、です。
幸い僕には家族、親戚、友人知人で犯罪に巻き込まれた人はいないんですが、だからこそなのか凶悪犯罪が起こった時に被害者がもし○○だったら…とか考えちゃうんですよね。

また犯罪者って自分以外の誰かを不幸にさせてますよね。
それが悪質すぎるからこそ死刑判決を受けているんです。
特に死刑になるような場合は、何も落ち度が無い人を何人も殺してる、とかありますよね。
そんな人たちが何人も人生を強制的に終わらせられてるのに、それを起こした人間が生きてるとか筋が通らないだろう、とまぁこんな主張です。
ありがちですが(笑)

で、これもまたありがちなんですが、どうしても気になるのは冤罪の存在。
あくまでも人間なわけで失敗する事もそりゃああるとは思うんですが、警察のポカ的な事件や強制自白なんて話を聞く度にもしかしたら犯人じゃなかったのに…みたいなパターンが今まであったのかも?
そんな事は当然あってはならないし、100%確実に…が出来ないのであれば死刑は廃止にすべき、という意見も分からなくは無いんですよね。

こんな感じで正直な話正しい答えって出ないと思うんですが、考える事が多いので改めて賛成、反対の意見を調べてみました。

死刑賛成派の主張

前述したように基本的には死刑賛成派なので、個人的にはほとんど納得が出来る話です。
※ニコニコ大百科の死刑存廃問題から意見を拝借しています。

古典的社会契約説にもとづく法の正義の主張

人は誰しも理不尽に命を奪われない道理がある。そのような社会において故意・悪意で人命を奪ってしまった者に与えるべき中立的判決は、同等に死を与えることしかあり得ない。許される余地のない者に生きることを許してしまえば、かえって法の正義や、被害者の生命の尊厳が保たれない。
実際に、「全国犯罪被害者の会」もこのような見地から死刑存置を訴えている。

上で書いた僕の意見の話ですよね。
被害者感情で考えたらほんとこの通りだと思います。

死刑が社会的不幸の増幅を抑えているという主張

日本には江戸時代まで被害者の近親による仇討ちが認められていた歴史があり、今でも伝話などで肯定的に捉えられることがあるが、現在の社会秩序は、私闘を認めない代わりに司法が刑事的判断によって個々の問題に決着をつけ、国民もそれを支持していることで成り立っている。
そのため、司法が許されざる凶悪犯に対して死刑という究極の判決を下す可能性を放棄してしまえば、自制心を失った遺族の中には、自ら仇討ちを動機として私刑に走る者が現れたり、そうでなくとも憎悪のやり場がなくなるなどして、日本社会に息づく道徳観の崩壊や不幸の増大を招く可能性がある。

これも被害者感情に主点を置いてますかね。
私刑が良いか悪いかもまた難しいところですが、感情で言うと自然な感情なんじゃないでしょうかね。

死刑は比較的コストがかからないという主張

もし死刑の替わりに終身刑や無期刑を極刑とすれば、囚人の寿命が尽きるまで長期にわたって収監しなければならない事例が増え、社会が負うべき経済的コストが高くつく。 これについては「無期刑は懲役刑であり、生産作業に従事させることで収監コストをある程度カバーしている。懲役刑ではなく、生産性のある作業に従事させない死刑囚を長期間収監することの方がより多くコストがかかる」という反論もある。
実際のところは、収監コストを食費や水道光熱費、生活費等、受刑者の身の回りに関するものだけで見れば無期懲役の方が死刑囚よりも圧倒的に安くつく。しかし、彼らを監視する職員の給与などを収監コストに入れると逆転する。しかし、彼らの給与が本当に全て収監にかかるコストと言えるのかどうか、という議論も生まれて来るであろう。どの部分をコストと捉えるかで答えが違ってくる話である以上、永遠の議論と言えるかもしれない。

経済的コストを負担する事をかんがえれば、議論する価値はあるのかもしれませんが、正直僕の中ではこれは割合は低いですね。

凶悪犯の社会復帰を許してはならないという主張

悪意から殺人を犯し裁判でも反省の色を見せないなど、更正・社会適合する可能性が見いだせない凶悪犯は、永久的に社会から抹殺するのが国民の安全のためとなる。
無期刑では凶悪犯が仮釈放され社会に出て来る可能性がある。これについては、以前は仮釈放の審査が緩く15~20年で比較的多くの無期刑受刑者が仮釈放されてきたイメージを引きずっているとの指摘がある。現状においては仮釈放されずに獄中死する無期刑受刑者の割合(分母を「仮釈放者+獄中死者とした場合の獄中死者の割合)は2004年以降の数値でおよそ75%と比較的高く、1998年以降は死刑に極めて近い重罪を犯した凶悪犯に対し仮釈放の審査にすら上げてもらえない(=終身刑に準ずる)「マル特無期」の運用も開始されている。
しかし、いくらマル特無期や終身刑であっても脱獄・逃亡の可能性が完全にゼロと言えない以上、死刑制度を存置すべきである。

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最近は脱獄・逃亡はまず出来ない位セキュリティーがきっちりしているそうですけどね。
更正する可能性0なのは論外として社会適合が出来ないと自身の能力的な話があったとしても僕は正直出すべきではないと思ってます(反発する人も多そうですが)。

精神的、知能的にハンデを持っていたとかそういう人もいると思いますが、それは生まれつきだったり自身の育った環境であったりと決して本人だけの問題じゃない部分はありますよね。
そこは理解した上で、それでもそれが原因で赤の他人を傷付ける可能性があるのなら…やっぱり集団生活の場にいてはいけないんじゃないかな、と。

死刑は犯罪の抑止力になるか、ならないか

これは個人的な意見になるんですが、「これをやったら死刑になる可能性がある」って抑止力になる場合があるんじゃないかと思ってます。
ちなみに統計的なデータで言うとそんな相関関係は無いとかどこかのウェブページで見た気もしますが。

でも未成年犯罪とかで、「未成年は絶対無いから」と言ってる未成年犯罪者結構見ますよね。
普通の感覚をしていたら死刑にはなりたくないはずですし、死刑になるかも知れない…と思ったら抑止されないですかね…。
余談ですがこの点から未成年犯罪者の死刑も実は賛成派なんです。
まぁ精神的に未熟なのは分かりますが、それは小学生、百歩譲って中学生位じゃないですか、ってのが僕の主張ですかね。

抑止力に関しては、上のページの「迷宮入りの主張パターン」の項目に記載があるので興味のある方は読んで見て下さい。

死刑反対派の主張

次は反対派の主張です。
度々言ってますが、僕は死刑反対派のため基本的には中にはいやそれは無いでしょう、って主張もありますね。

立法や司法の絶対性に一線を引くべき(人は誰でも過ちを犯すものである)という主張

死刑は懲役刑などと異なって、一度執行してしまえば、冤罪が判明した場合や法体系改正による赦免が必要になった場合に、受刑者本人を救済できる可能性が完全に閉ざされてしまう。
また、警察や司法といった機関も人間が携わっているものであり、人間はどんなに慎重に正義を以って事の判断に当たっても間違いを100%防ぐことは出来ない。死刑を容認することは、不確実な結論に対し不可逆的な処罰を与えることとなり、執行後の正当性を担保するものが無いから、如何なる理由があっても死刑に処すべきではない。
国の法律や判決に対して、特定の人命を直接与奪するするほどの絶対性を付託するべきではなく、終身刑・無期刑などより人命の扱いに慎重な刑罰をもって死刑に替えるべきである。

先の冤罪の話ですね。
正直多分今まであったんだろうな…と思うと大々的に死刑を主張するのも難しいところですね。
100%間違いないのであれば、当然死刑にすべきだと思うんですが…。

死刑執行人を生み出すべきではないという主張

死刑は、死に至らしめる身体に介入する(日本のような絞首刑の場合、「執行を宣告する」「受刑者を絞架台に連れて行く」「絞架台をセットする」「ボタンを押す」「遺体を処理する」etc.)刑務官らに対して、本来あるべきでない精神的影響・負荷を持続的に与えてしまう。

これもありますよね。
ボタンなんかは複数人で押して実際に誰のボタンで執行されたかは分からないようにしているそうですが、気持ちの良いものではないですよね。

死刑は過度に残虐であるという主張

絶対権力によって人間としての可能性が閉ざされ、(現在の日本の死刑であれば)いつ刑が執行されるか分からないまま過ごさねばならないという性質上、死刑は過度に人権侵害的な残虐刑である。
どれほど凶悪な犯罪者に対してであっても、行政機関が合法的に執行する刑罰として好ましくない。

これは僕は無いですね。
人間としての可能性が閉ざされるのは当然ダメですが、それは普通に生活している人に対して言うべき話で、そんな理不尽な話を他の人にやってるからこうなってるわけで。

いつ刑が執行されるか分からないまま過ごさねばならない…も考えるだけで怖い話ですが、何人も人を殺してたりしたらその位追加の付属要素があっても仕方が無いと思います。

理想主義的な立場に立った主張

受刑者は、死刑によってある種の罪意識からの解放を受けるのでなく、生きながらにして罪を悔い、噛みしめるべきである。
被害者の遺族らは、加害者を被害者と同じ死に至らしめて解決するのではなくその生だけは赦すことによって、憎しみの残忍な応酬から本当の意味で逃れられるはずである。

まぁ理想主義ですよね。

特に後半は正直遺族がこの台詞を言うなら分かりますが、赤の他人が言って良い台詞なんですかね。
僕が遺族ならこんな事言われたら絶対に許しませんけど

たまに弁護士さんとかで理想主義みたいな主張を聞いたりしますけど、この人たち自分の身内がそうなった時も同じ事言えるのかな、とね。

まとめ

以上死刑について賛成派、反対派の意見を軽くまとめてみました。
改めて整理すると冤罪と執行人については思うところは確かにあるんですが、100%犯人と確定できたのなら凶悪犯罪は死刑にすべきじゃないだろうか…と思います。

言っても正解って無いんだろうと思うし(やってる国やってない国とかバラバラですし)、永久に議論され続ける話なんでしょうけどね。

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フォルソク(管理人)
管理人のフォルソク(@forusoku)です。自分の興味のある分野について記事を書いています。ワードプレス初心者ながら無謀にもマルチサイトに挑戦し、四苦八苦しながらブログを書いてます。ちょっと前にツイッターを登録してみたのですが、実は全然使いこなせていません。
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